
1945〜72年まで27年間のアメリカ統治時代、いわゆる「アメリカ世(ゆー)」の沖縄は「政治・経済的支配、人権の制限」という定義において、植民地そのものでした。
昔の帝国主義時代のような”経済的”搾取のための植民地ではなく、アメリカのアジア戦略のための”軍事的’植民地です。
第二次世界大戦が終わり、人権や民主主義が尊重されていく時代の流れに逆行するように、沖縄の植民地的支配は始まりました。
当時のアメリカは共産主義勢力に対抗するためのアジアの軍事的拠点として沖縄を思いのままに治めることを望みました。
そのため沖縄を「日本の領土としながら施政権だけ握る」という方法をとりました。
自国領土に編入してアメリカ憲法が沖縄の人々に適用される(人権など様々な権利を保障する)のを避けたのです。
これにより沖縄の人々は日米どちらの憲法も適用されず、「憲法の無い空白の住民」と呼ばれました。
つまり、人権(人として幸せに生きる権利)が保障されませんでした。
米兵の犯罪に沖縄側の逮捕権や裁判権が無いに等しい、表現・政治の自由も制限され、土地は強制的に取り上げられ、経済発展も阻害され、沖縄を自由に出ることもできない。
こうした関係は「猫とネズミ」「沖縄の自治は神話」などと言われました。
特に深刻だったのが、ベトナム戦争時に激化した米兵による犯罪、そして「性暴力の嵐」でした。
6歳の女の子がレイプ・殺害されて犯人は軽い処分で釈放された「由美子ちゃん事件」、家に侵入されて夫や家族の目の前で女性が連れ去られる、またはその場で被害を受ける、など性被害の数と質が異常でした。
生後9カ月の女児がレイプされて病院に運び込まれた報告事例もあります。
米兵には抵抗できない、安全な場所がない、捕まえられない、裁けない。多くの被害者がそんな状況に絶望して泣き寝入りしたとされています。
女性は髪を短く切り、顔に炭や泥を塗ってわざと醜く見せたり、男性の服を着て性別を隠すなどしました。
やがて沖縄県民の様々な憤りと怒りは島ぐるみ闘争、コザ暴動、祖国復帰運動などにつながり、「アメリカ世」は終わりました。
一方、「日本に復帰すれば米軍基地は無くなる」と信じた沖縄の願いは叶わず、今も日本の米軍基地全体の約70%が沖縄に集中し、沖縄本土面積の約15%を米軍基地が占める状況が続いています。
過去の歴史を今の価値観だけで裁くのは難しく、人間は未熟さも併せ持っています。特に権力から遠い末端の人々はアメリカ、日本、沖縄を問わずそれぞれの立場で懸命に生きてきました。
世界はパワーバランスで成り立っており、沖縄の地理的要因からも「基地の無い沖縄を実現するのは困難」とみるのが現実的な見方かもしれません。
ただし、沖縄戦やアメリカ統治時代の経験から来る「恐怖と屈辱のトラウマ」が沖縄の歴史に深く刻まれていることは忘れずにいたい。
そして最も学ぶべきは、かつて沖縄の人々は「人として生きる権利」を求めて戦い、少しずつ獲得してきたということ。
その姿勢は個人としても、沖縄全体としても、より幸せに生きるために胸に刻む必要があると思います。
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